昔なつかし相合傘♡ 『墨東奇譚』(永井荷風)

 昨日は、午後から急な雨に振られ、相合傘をしたい気分になりました。相合傘って言葉自体、最近ほとんど聞かなくなりましたが、80年ほど前に永井荷風さんが書いた『墨東奇譚』に、突然雨が降ってきた後の、相合傘のシーンがあります。(「墨」にはさんずい偏が付き、「奇」には糸偏が付くのですが、面倒なので簡略化しました。以下、抜粋)

 わたくしは多年の習慣で、傘を持たずに門を出ることは滅多にない。いくら晴れていても入梅中のことなので、其日も無論傘と風呂敷とだけは手にしていたから、さして驚きもせず、静にひろげる傘の下から空と町のさまとを見ながら歩きかけると、いきなり後方(うしろ)から、「檀那、そこまで入れてってよ。」といいさま、傘の下に真白な首を突込んだ女がある。油の匂で結ったばかりと知られる大きな潰島田(つぶし)には長目に切った銀糸をかけている。わたくしは今方通りがかりに硝子戸を開け放した女髪結の店のあった事を思出した。
 吹き荒れる風と雨とに、結立(ゆいたて)の髷にかけた銀糸の乱れるのが、いたいたしく見えたので、わたくしは傘をさし出して、「おれは洋服だからかまわない。」
 実は店つづきの明い燈火に、さすがのわたくしも相合傘には少しく恐縮したのである。
「じゃ、よくって。すぐ、そこ。」と女は傘の柄につかまり、片手に浴衣の裾を思うさままくり上げた。(抜粋、終わり。本文は昭和26年発行・同53年改版の新潮文庫を使用。)

 ところで、相合傘の傘は、お互いに相手を気遣う小さめの傘がいいですね。(と、妄想の世界に浸る私です(´;ω;`))