終戦直後の大阪 『世相』(織田作之助)

 新潮文庫の「解説」によると、昭和21年に発表され、織田さんの流行作家としての位置を確定的なものとする契機となった作品とのこと。
 主人公の「私」は作家であり、戦中から終戦直後にかけての時期の、「小説の題材」を集める様子そのものを「小説の題材」にしています。「世相」というタイトルの通り、当時の大阪の世相がわかる貴重な小説です。一番印象に残ったのは、身寄りのない復員者の話。大阪に帰って来ても帰る場所がない彼は、大阪駅で寝ることにします。(以下、抜粋)

 駅の地下道の隅へ雑巾のように転がったが、寒い。地下道にある阪神マーケットの飾窓(ショウウインド)のなかで飾人形のように眠っている男は温かそうだと、ふと見れば、飾窓が一つ空いている。ありがたいと起きて行き、はいろうとすると、縄の帯をした薄汚い男が、そこは俺の寝床だ、借りたけりゃ一晩五円払えと、土蜘蛛のようなカサカサに乾いた手を出した。が、一銭もない。(抜粋、終わり)

 彼は結局、自分の靴を売って金を作り、飾窓で二晩寝ましたが、結局どうしようもなくなって、不義理を重ねてきた主人公の家に転がり込み、主人公は彼を小説のネタにする、・・・といったような展開です。