冬のビール 『内田百閒集成11』(ちくま文庫)

 昭和24年に発表された『ひがみ』という随筆に、戦中戦後のビールが入手しにくかった頃の思い出が書かれています。(以下、抜粋)

 配給の麦酒しか飲めなかったついこないだ内までは、配給だけでは足りないから、よその分も譲って貰った。秋の末から翌年の夏初め頃までは、あんなどぶどぶした、冷たくて身体が寒くなる様な物は家ではいりませんから、そうぞどうぞと云うわけで気安に手離してくれる。実はその期間が麦酒は味が締まっていて一番うまいのだが。素人は御存知ない。凩の吹く晩の冷たい麦酒が咽喉を通って、おなかの中でほのかに、梅が一輪一輪と咲く趣きで暖かくなって来る味わいは、夏の麦酒のふやけた口ざわり、又は冷蔵庫で温度を構わずに冷やし過ぎて死んだ魚が棒になった様な味がするのとは比べものにならない。しかしそんな事を云い立てて、寒い時の麦酒を人に薦めた為に、そんなにうまいなら配給を譲るのはよそうと云われては困るし、又無理にすすめて、冷たくておなかを下げたなどと云う事になっても迷惑である。(抜粋、終わり)

 へそ曲がりのクソじじいの屁理屈としか思えませんが、ついビールを買いに行きたくなってしまうのが不思議です。